少し、偉そうに考察していきたいと思います。

自分を奮い立たせる意味も込めて。
現在、雇われの身ではありますが、いち労働者として。

あえて適切でない表現も使います。
調子に乗っているのかもしれません。
正直、考察と言うより、愚痴に近い気もしてます。
無視してくれても結構ですし、怒ってくれても結構です。
もちろん、呆れてくれても結構です。
甘んじて受け止めたいと思います。

それでも、少しは共感してくれる同士がいる事を願いつつ。


我々は、デジタル土方です。
電気があれば仕事が出来る。
汗臭く、泥臭く、それでいて何処か綺羅びやか。

この日本においては、そんな感じの業界だと思っています。

そんなハードな業界だからこそ、体力はさる事ながら、モチベーションが物をいいます。

CG業界きつい。報われない。先行き不安で仕方がない。
一体何をしたらよいのやら…
そう思っている人にぶちまけたい事が3つあります。


  • 1つめは、企業、労働のあり方について。
  • 2つめは、自分の価値について。
  • 3つめは、遊びについて。



まずは、企業だとか労働だとかの色々。

世の中、ブラック企業がなんたらとか、労働基準法がなんたらだとか、散々な事を言われてますが、
正直私は、なにぬかしてやがんだ腑抜けどもが、と思っております。
大体、ブラック企業ってなんですかと。
どうしてこんなに腰抜けが多いのかと。
何でもかんでも会社や世の中のせいにして、そんなに楽をしたいのかと。 
文句の多い輩が多すぎるんではないかと、憂いを覚えるわけです。 

我々CG業界もまた、その黒い一角を担っているわけですが、それがどうかしたのかと、私は思うのです。

ブラック企業だと言われる企業は、大きく2つに分けられると思います。

経営者が暴君で、銭ゲバである。
経営者が弱者で、下請け根性丸出しである。

業界の重鎮達、経営者達がそれを考え、作業者の労働環境を改善しようとしてくれる事は素晴らしいと思います。
でも、デザイナーが画を作る際に、あんまり関係ないですよね?
マシンがあって、ソフトウェアが入っていれば、後はガリガリやるだけなわけで。


しかし、いちデザイナーが、そこの文句を日々Twitterに糞便の如く垂れ流しながら、タラタラ仕事をするのは、どうも気に入らない。
大体、本当にブラックだと言われる体制下にいたら、仕事に追われて、そんな事を考えてる暇あんのかと。

私は、思い返せば、若輩の時代から中堅と言われ始めた今まで、そんな体制大歓迎だったと思います。
どちらかと言えば、ありがたいくらいです。自動的に自分を追い込めるわけですから。
労働者がブラックな労働環境を望むのは勝手ですよね?

寧ろ、自ら労基など無視で働いてきたと思います。
完全にワーカーホリックだとは思いますが、そうであった自分を褒めたいと思います。
よく「若い時の苦労は買ってでもしろ」なんて、昔は言っていたみたいですが、まさにその通りだと思います。
自らを限界まで追い込んであげなければ、壁を超えることはおろか、日々の鍛錬にすらならないじゃないかと思うわけです。
仕事も筋トレも同じで、一度限界まで追い込んで休む。
その波が自分の力を伸ばせる秘訣じゃないかと思います。
もちろん休むと言っても、ダラダラと休んでも仕方が無いので、ガッツり寝たら、早速仕事をしましょう。 若い時間は短いです。

さらに、CG業界のありがたい部分で、結果はお金と言うストレートな図式です。
このあたりは、下記の価値という部分でも書きますが、生産性がある人なら、ブラックとは考えないんじゃないでしょうか。
特に、フリーランスの方なら分かりやすいかと思います。

追い込む時間は、自分への投資です。
もちろん投資ですので、追い込み方によっては、損をする事もあるでしょうが、それでもかなりのハイリターンだと思っています。
よく、「男は30代からが勝負…」みたいな事を言われますが、それは、自分へ投資してきた人の台詞であって、何もしていない人が、そのスタートラインに立てるわけ無いと思っているわけです。
見物でもしてやがれと。

私は高校時代、勉強をする事をサボり、大学などへの進学を諦めた人間です。
そこで、青春を勉強に費やした人は、私より確実にシード権を獲得してるんだろうと思います。
それを有意義に活用できるかは大学時代に決まるんだと思いますが、それでも私にはコンプレックスです。
学歴を手にする事が叶わなかった自分が、それに追いつけ追い越せでやれることは、今寝ずに仕事をする事だと。

特に、この業界、結果がすべてで、非常に分かりやすい。
画がよければ評価され、そうでなければ無視される。
なんとも評価しやすいではないですか。

一生懸命やった。
でも果たして生み出した結果は?

いや、でも、寝ずに仕事したんだ。

それでも、寝ずに仕事をした事に対するアワードはありません。
結果です。簡単な事だと思います。

じゃあ次回頑張る。
そう思える事は大事だと思いますが、次回は無い。
その時が勝負なんです。その時勝たなきゃダメなんですね。

もちろんそこまで厳しい世界ではないかもしれませんが、そういう気持ちで戦いに参戦しなきゃいけないと思うのです。 

自分を追い込む事は、人生において、かなり難易度の高い技だと思います。
私も、所詮追い込みきれていないから、こんなショウモナイ事をダラダラと垂れ流していると思います。
一回でもぶっ倒れてみたいです。
でもそれは中々叶わぬ夢で、寝てしまうのです。

それでも、なんとか出来る限りで追い込んで、追い込んで 。
そう日々思っているわけです。

辛いのは、働かされているから。
望んで働けば辛くなんかないと思います。

ましてやこの業界、好きだから、高利を蹴ってやっている人ばかりの集まり。

みなさん本当は望んで足を踏み入れたはず。

ところが、その状況の劣悪さに愕然とした訳だと思います。
周りからは、そんな声がチラホラと聞こえます。

でも、正直、共感はしてないです。

私はおそらくは人並みに稼げてますし、憂いるのは働く人のあり方だけで、業界にはすごく未来を感じています。
だって結果を出せばいいわけですから、勝てばいい、そこに突き進めばいい、そんなスポーティな感覚です。 
スポーツ選手が試合に負けて、監督のせいにしますか?チームのせいにしますか?

だからこの業界は、狡いやつが多いんだって。

何でもかんでも、業界のせい。体制のせい。

働いてるあんたも、その一部じゃあないかと思います。
痛烈に、周りくどく自己批判してるんでしょうか?

そんな疲れきって諦めきった方には、声高らかに言いたいものです。
もはや老害です。お疲れさまでした、と。


どの業界も流れです。
淀んだ水は腐ります。

上で糞詰まってる、夢見る事を忘れた諸先輩方には敬意を込めて浣腸をして、流れをスムースにすることも、時には必要なんではないかと思うわけです。

なので、堂々と浣腸を出来るような人間に、私達はならなくてはいけないと思っています。
今はまだその力がなくとも、いつか見てろよと、ギラギラしているわけです。
自分がそうならない様にもしなくていけませんしね。
本当に、「あの人は今」だけは避けたいところです。

他人にぶら下がっているだけの人には、ふんぞり返る資格なんぞありゃしねぇと。
その握力は評価したいですけど。

人から評価を受けたい、その一心不乱さ、直向さがつくる物に直結するんだと思います。
みんながそうであれば、たとえはじめは自分だけでも、どんどん輪が広がって、いずれは大きな波になるはずです。
それには環境なんて関係ないでしょ?

1にも2にも、まず自分。死ぬまで自分は自分。
それでいいじゃないですか。
わかり易くっていい。

出来ないのは自分が悪い。
それが気持ちいいです。

それで結果が出れば、自分のおかげだと言える。
それは自分と向きあっている人だけの特権です。 

それが、素晴らしい労働者だと思います。 


これらを含め、ブラック企業、いやブラック業界。
いいじゃないですか。じゃんじゃんやってやりましょうよ。

ハリウッドに憧れるのもいいですが、まず日本の業界を変えてやるくらいの気合は持ちたくないですか?

きれいな体制下で、温室育ちのスマートなデザイナーもいいですが、私は、日本のこの泥にまみれたデザイナーは、地力が違うと踏んでいるのです。 

労働環境を改善しようと頑張ってくださっている経営者の方には感謝しつつ、自分はブラック上等で、画をバリバリ作る。それが日本的でいい。だから強い。 

1日が48時間でもいいじゃない。
それで結果が出ればビールがうまい。
昭和っぽいけど、私たちの先輩方はそうやって今の日本を作ってきたんです。 

その固い地盤の上で燻っているのは、自分です。業界じゃあない。

今、若い我々が、若い時間をフルに使って、がむしゃらに、馬車馬の様に働く事が、結果自分たちに帰ってくると思っています。

あれこれ考える暇なんて、無いんだと思います。

とりあえず働きまくる。
そしたらいつの間にか結果が出てるはずだと信じています。

それが、好きな事を仕事にするって事ではないでしょうか。


次に、自分の価値について。

労働者と経営者の取引もかねて書きますが、私は一介の労働者であって、経営者ではありません。
使われる側の想像ですので、正しくない表現があるかもしれませんが、ひとつの考え方として捉えてもらえればと思います。

自分自身とは、環境などではなく、己次第なわけで、 自分の価値とは、己が決めてかなくてはいけないものだと思います。

価値。
難しく、非常に重い言葉です。

評価と価値は紙一重で違うのだと思います。

そこを間違えると大分ニュアンスが変わってくるので、この文自体から語弊が生まれるかもしれません。

自分の価値は自分で決める。
自分の評価は他人が決める。

本来はどれが正しい日本語なのか調べてないですが、私はこう考えています。

大多数の人は、両方をごっちゃにしている気がします。

それと相まって、自分の1ヶ月あたりの値段を算出出来ない人間も多いと思います。
それは、所謂自分のコスト。
使う側には非常に重要なポイントで、もちろん自分にも重要ですよね。

言われるがままの金額で満足ならそれでよし。

でも、本来は、もっと金銭的な欲求があっていいのではないでしょうか。
自分の持つ生産性に自信を持っていれば、自ずとその欲は掻き立てられるはずです。

なんとなく、オープン価格ってやつに似ている気がするのですが、自分の値段を決めるのは自分自身であって、それが実力とかみ合っていなければ、買ってくれる人は居なくなるといった事じゃないでしょうか。

自分の値段を決めても、その価格からなにかを見出すのは他人ですので、価格を含めて、スペックを評価してくるわけです。

ただ、価値というのは、はじめから値引きした状態では、利益は出にくいのは当たり前で、最初は定価で告知する物です。もしくは、少しぼったくります。
それでも、コストに見合った仕事をすればさらに評価されるわけで、その循環が利益を生み出します。

逆に、自分の価値を低く設定している人は、相手が悪いヤツなら、単なるカモです。

さらに言うと、自分の価値とは謂わば、自信の様なものです。
価値を低く設定してしまう人は、自信がないんですと、相手に伝えていると考えていいんじゃないでしょうか。
それなら、使う側は、安く設定して当たり前ですよね。


好きな業界で働くという事は、足元を見られるという事。

それを踏まえて、自分の価値のバランスを取らなくてはいけません。

私も労働者側の人間ですが、働いても金銭的に報われない人は、自分の価値を低く見積もり過ぎていないか、チェックする必要があるのではないでしょうか?

労働者にとって、自分の価値とは己の持つ生産性であって、経営者にとってもそれは同じだと思います。
生産性の高い人間なら、コストが低ければラッキーで、高くても欲しいのが使う側です。
ですから、大切な事は、いかに自分の生産性(価値)を高めて、高価格で買い取って頂くかです。


ここで、少し批判したい事があります。

CG業界はなんでこんなに賃金が安いのかと、口癖のようにつぶやく方もおられますが、それはあんたのせいだと言わせてください。
自分は生産性が低いんですと、言いふらしている様なものです。
寧ろ、その位言わないと、自分の価値という大事さに気付けないんじゃないでしょうか。 

何なら、業界変えた方がよろしいのでは?
と言いたいところですが、こういった類の人間は、何処に行っても同じ事をつぶやくものです。
一生自分の馬鹿さ加減をTwitterなどSNSで垂れ流してくれればいいと思います。
私にとっては、見世物小屋の様なもので、へぇ、こんな人もいるんだぁ、位で、いい余興です。

経営者は、我々労働者から見れば、謂わばお客様です。自分を買って頂くわけですから、安く購入したいに決まってます。
私も価格.comを見ますし、その気持はわかります。
それでも、唯一無二の製品なら、高くても買わざるを得ないわけで、自分がそうあればいいだけではないでしょうか?

労働者がそうあることが、業界は活性化させると考えます。

この業界、不景気だと言いつつも、需要はすごくあります。
バジェットが小さくなっていったのは、我々生産者が生み出すクオリティが低いからだと、そう割りきって考えられる人間が、ちっと少な過ぎやしないかと思うわけです。

全体的に、価値を下げているのは我々で、それに対してカスタマーが評価しているだけに過ぎないんだと。

自分の価値を高くプレゼンする事が出来れば、評価してもらえるのが世の中です。
もちろん、それにはそれなりの結果が必要であることは言わずもがなであります。 


もう一つ価値と絡めて言いたいのが、自分のブランディングです。

自分自身をセルフプロデュースして、ブランド力を高めていく。
それは、価値を高めていくという事。

一体自分は何が出来るのか…。

それを日々考え、鍛錬して、その出来ることにさらに特化していく。

もっと言えば、人間的な魅力に至るまで、自分と向き合っていく必要があると思います。

内気なあなたも、破天荒なあなたも、必ずオリジナリティがあるはずです。

それをブランディングせずして、自分の価格が低いことを、環境のせいにしているのは、バカの極みです。

自分と言うブランドを生涯をかけ一流にする事が、デザイナーにとっての責務であると考えます。

もちろん、そこまで求めていないと言う人もいるでしょうから、一概にそうだとは言えないかもしれませんが、少なくとも、業界の小さな歯車で留まろうとはしないで頂きたい。

これからCG業界を目指す学生さんには、特に伝えたい事で、そんな凝り固まった、ダラシナイ大人がたくさん居て、歯車に誇りを持っているんだと。
たまに5−56を吹きかける必要がありますと。

是非ともあなた方にはそうあって欲しくないのです。
自分は動力源で、歯車を回すんだと、そのぐらいの気合入れて望めやと、伝えたいわけです。
私は常に歯車からの脱出を図っているし、時には動力源で動いてます。

人の上に立ちたい。
この世に生を受けたからには、一度は目指すべきでしょう。
その為に、ブランディングをして、自分の価値を高め、常に高みを目指すわけです。

それをしていれば、自ずと評価され、その価値も上昇するわけです。
少なくとも、今私は実感しています。
天狗になるつもりはありませんが、時にはそれも必要だと思います。

自信。

成功体験から来る自信、なんだかわからないけど沸々湧き出る自信。
どれでもいいんです。
自分で否定せずに、全面に押し出して、出る杭打たれましょうよ。

負ける事はおろか、戦う事すらしていない、ヘタレな輩が多すぎる。

少なくとも今はまだ、ガツガツ、ギラギラしていたいと私は思います。

ちょっと論点がずれましたが、自分の価値とは、自分がいかにその価値を求めるかで決まるって事を言いたかったわけです。

要は、自分に価値を求めない人には、評価もないよって事です。 



最後に、遊びについてです。

一見、今まで語ってきた部分と大きくかけ離れているようにも見えるかもしれませんが、私にとってはどちらも同じことで、遊ぶことは仕事にとって重要な事だと思います。

我々デザイナーは、謂わばエンターテイナーです。
エンターテインメントを人に与える側は、それをよく知っている必要があると考えるからです。

遊び上手は仕事上手。

私には、これ以上うまい言い方が見つかりません。 

よくある、仕事術などを語る自己啓発本などに、仕事とプライベートは分ける。 的な事が書かれているのを目にしますが、私から言わせれば、クソ喰らえですね。

仕事もプライベートも同じ人間がするわけで、切り分けられるはず無いと思ってますし、切り分けちゃまずいだろうとさえ思ってしまいます。
解離性同一性障害かと。

ちょっと極端ですが、プライベートでの経験も、仕事での経験も、同じ経験な訳だし、やり方だって似てくるのが普通の人間じゃないかと思うのです。

何かにつけてスマートに、、みたいな事言われると、むかっ腹立ちますね。 

ものすごい出来る人は、それが可能なのかもしれませんが、 もっと泥臭くていいだろうと思っています。

遊びも仕事のうち。仕事も楽みながら望む。

エンターテインメントを担うデザイナーだからこそ許される、ある意味、究極の公私混同ではないかと思うわけです。

適当に仕事をこなすという事ではないんです。
それに、こなすってのがなんか流れ作業っぽくて、面白くないですね。
業務って感じで。
もちろんそんな場合もあるでしょうが、極力は勤しむって事で。

好きな事を仕事にしてる我々は、趣味に注ぐ情熱のように、仕事に対して 熱くなれるんだと思います。
遊び心を仕事にも注げる、そんな余裕を持ちたいと常に思っています。

その為には、よく遊ぶ事が重要だと思うのです。

もう一つ。
これは、特に男性に言える事です。

私の後輩には、耳にタコが出来る位言っている言葉があります。

性欲のない奴は出世しねぇ。

私の座右の銘です。

英雄色を好む。

まさに、欲こそが人間を駆り立てるんだと信じています。

ガリガリ稼いで、いい女を侍らす。
ストレートでいいじゃないですか。

むっつりスケベはダメ絶対。
折角のエロ根性は、表に出してガソリンにしてください。

遊び好きは仕事好き。

これによって、こう言い換えられると思います。

よく食べ、よく寝て、よくヤル。
それこそが己の原動力。
これがあるから仕事が楽しい。これを求めて仕事を頑張る。

なんとも人間臭くって素敵だと思います。
野獣のような考えですが、現代のモヤシよかマシだと、自分に言い聞かせてます。

遊びと仕事はシーソーで、どちらかに比重が偏ってもダメです。
どちらも同じくらいのバランスが必要です。

なので、仕事がめちゃくちゃ大変でも、私はオ◯ナニーを欠かさない。

仕事に影響しますから。

自分の息子の気配りが出来ないようでは、仕事に気配りも出来ない状態だと思います。

少し、男性側の意見になってしまいましたが、女性にも同じように、欲を持って欲しいと思っています。

ここで少し性別について。
こんな事を言うとフェミニストに叱られそうですが、私は、後輩に対して仕事おける男女での切り分けは極力しません。
同じ土俵で戦うもの同士、女は体力がないからだとか、男は雑だからとか、そんな事は許さないし、女の子の日だとか、男の子の日だとか、関係ありません。

どちらも、同じように働き、同じ結果を求めて突っ走るのみです。
ある意味、男女平等だし、女の子が徹夜で納品に向けて頑張る時など、すっぴん上等で頑張ってもらいます。
なので、私の後輩が、プロジェクトにおいて成長できる伸びしろは、男女共に同じだと思っています。

もちろんコミニュケーションも同じく平等で、男で下ネタを話せば、女にも同じくフリます。
これは一見セクハラの様で危険思想に思えますが、この男性主体且つ、体力勝負のこの業界の荒波に負けない様に、恥を捨てる機会を儲けてると言っても過言ではありません。
いや、本当です。
男女間の性に関する考え方は、非常にデリケートで難しいです。
でも結局のところ、男も女も、大小様々とはいえ、結局は性欲があるわけで、考える事、行き着くところは一緒じゃないかと思うんです。
だったら最初から同列でいいだろうと。

ちょっとわかった風で申し訳ないのですが、本当に重要だと思っているので書きました。
男性主体の意見で申し訳ないですけど、私が男なため、そう言うしかないんです。
もっと言うと、私の指導方針が、「俺になれ」なものですから、下ネタ上等も含まれてしまうわけです。
そこは、気を配れず申し訳ないとも思いますが、いつの間にか、鉄のハートの持ち主になっているハズです。
汗臭い男の現場に入っていくためには、どうしても欠かせない能力のひとつな気がします。

まぁ、男がみんな私のように下衆な訳ではないので、強要するつもりはありませんが。

でも、男女共に、己をさらけ出したいなら、下ネタから始めるのが手っ取り早いと思います。


かなり論点がずれました、戻します。
遊びに関しても、同じ事は出来なくとも、遊ぶ感覚は、男女共に同じように持っているべきだと考えます。
それぞれ、らしさを持って遊びやがれと。

性欲を全面に出すこともまた、エンターテイナーには必要だと思っています。
特異な仕事だと思いますが、様々な欲求がエンターテインメントの要ではないかと。
それは男女別け隔てなく。
欲を人へ明かす事は、もちろん恥ずかしい事。

でも、エンターテイナーを地で行くには、時に恥をかきまくる事が重要だと思っています。 

遊びながら恥を捨て、無駄なプライドをゴミ箱にポイしながら、素っ裸で仕事したい。
そう思います。比喩的な意味ですよ、もちろん。

遊びを知ることが本当に大事なんです。
少なくとも私はそう思っています。

そして、遊ぶ事の一部には、外に出るという事も含まれます。
外に出て、誰かとコミュニケーションを取る重要性は、モノづくりにおいて、計り知れない物があります。
例えば、セミナーなど。
これはセミナーもさる事ながら、その後に開催されるであろう懇親会。
この様な、飲みの場にこそ、重要なモノづくりのヒントが隠されていると思います。
ネットなどで、私のこんなくだらない話を読んでいる場合ではないです。本当に。
早く、外に出て、誰かと他愛のない話をしてください。

コミュニケーションは、創造力を活性化させます。

時にライバルとの出会いもあると思います。
自分がそう思い込むだけでもラッキーな出来事です。

コミュニケーションと遊びを一括りにすると、ちょっと語弊がありますが、要は排泄欲です。
性欲の話はしましたが、言葉も同じ排泄欲を満たすものだと考えます。


私にとって遊びとは、楽しい食事、快適な睡眠、何かを吐き出す事。
遊ぶ欲のバランスが取れていないと、仕事に対する欲求も相まって崩れる。

強欲であればあるほど、バランスを維持するために、仕事も同じく高められると考えています。

そういった意味も含めて、シナジー効果なんだと、言いたいわけです。



大きく3つ、ズラズラと述べましたが、所詮は私の独りよがりの考えです。
されど、共感してくれた人には、何かヒントが有るかもしれません。

特にこれからCG業界を担っていく後輩には伝えたい、私のギラギラ論なのです。
同じく、同年代の同士達にも共感してもらえたらとも思っています。 
さらには、先輩方でも、ギラギラしている人もいらっしゃると思います。

もちろん、私も業界をリードできる様な人間を日々目指しています。
猪突猛進で行きましょう。

いい歳こいて、尖りすぎって言われても仕方ないと思いますが、
そんな面々に逆に言いたいのが、ここまで読んでるくせに、丸くなってると思い込みすぎです。
仕事に対する意気込みは、ガキンチョみたいにがむしゃらでいいじゃないですか。
時には火花を散らしましょう。


近年では、島国根性がネガティブな意味で用いられる事が多々ありますが、
私が思うに、限られた島国で、大国に負けじと踏ん張るのが、島国根性ではないかと。

結局、何が考察なのかと言っても、最後は根性論を語っているだけなんです。
それでも、燻っていると感じたら、まずそこから始めるのもいいのではないでしょうか。

本当は考察なんて、上等な言葉じゃなく、みんなで一斉にグチャってしたいんです。

ブラックな業界が、申し訳なくなる位、真っ黒に働いて、真っ白な灰になろうではないか。



秋元純一